2013年01月22日

シュレディンガーの男

家族も身寄りも知人も友人もなく
彼は生きていた。
野山の中で果実を採ってそれを食べつつ
野生の動物を狩り
洞穴の中で肉を食べて暮らしてた。

何十年も彼はそうして暮らしてきた。
子供の頃に捨てられたこの洞穴で。
果実を採り、肉を食べ、寝る。
それ以外の生き方を知らなかった。
それ以外の生き方は見つけられなかった。
『それでもいいや』…とすら思わなかった。
そもそも彼は言葉を知らなかった。

彼は動物のように生き、
そして、動物のように死んでいった。
家族も身寄りも知人も友人も、
もちろん恋人もいなかったから
彼の血を引き継ぐものは誰もいなかった。
彼の思いを伝えられるものは誰もいなかった。

彼に喜びはあったのだろうか?
彼に楽しみはあったのだろうか?
彼が一番苦労したのはどんなことなのだろうか?
彼が泣きたかった日はどんな日だったのか?
彼が言葉を知っていたなら
何か言い残していたのだろうか?

そんな疑問が思い浮かぶが、
その疑問をぶつけることは、もはや叶わない夢だ。


そして、彼の死からまた数十年の時が流れて。
彼の肉は微生物に分解され、
彼の骨は大気の流れへと風化していく。

もう彼はどこにも存在しない。
もう彼はどこにも存在しない。

彼が生きた時代から
彼が風化した時代まで、
洞穴には誰一人近づかなかった。
彼を捨てた親ももう生きていないし、
彼を捨てた親は彼の存在を誰にも他言しなかったから、
彼が生きていたことを証明する人間は誰一人いなかった。
彼には名前もなく、
それゆえに彼は戸籍の中にも残らないまま、
行方不明と刻まれることもないまま、
彼は死に、そして風の中へと消えていったのだ。




…これはフィクションの物語である。
彼は実際にも存在しなかった仮の存在。
それは“ほぼ”間違いないことだ。


でも。だが。もしかしたら。


この彼は、どこかの洞穴で“生きていた”かもしれない。
名もない洞穴で名もない彼は生きていたかもしれない。

現代まで伝わることすらなかった
あらゆる人間の“生”の一つに、
ここに書いた“彼の生”も含まれている可能性は
わずかながらも、だが、確実にあるのだ。

誰にも声をかけられず、
誰にも声をかけられないままに死んでいった、
悲しい独りの男が何時かのどこかに。


…いや、そうじゃない。
“悲しかったかどうかもわからない”男が、
何時かのどこかに。
posted by Hybrid at 21:30| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月04日

氷柱

いつかは砕けるものを
「今日は壊れないで」と毎日願ってる。

融けそうになったらあわてて固めて
落ちそうになったらそっと補強をして。

夏が来ても見てみないフリして。
僕らは何度も夢の想像をする。

いつかは融けて壊れるものに名前を付ける。
砕けないようにと祈りを込める。
消えてしまうことはないとしても
見えなくなってしまうモノをいつも眺めてる。

「連続性が途切れない」という仮定の
"仮定"という言葉を忘れてしまう。

苦しんで。嘘を吐いてまで。引き延ばして。

叩き壊して闇に放り投げた方が。
きっときっと 楽になるはずなのに。

飛散するために。
飛散させるために。

今日も積み上げているんだ。
「そんなことムダだ」と笑うヤツを笑って。
posted by Hybrid at 22:08| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月10日

眠たいよ

泣くことしなくてよくなった
てつぼうしなくてよくなった


でも泣いている。
よく泣いている。


弱くなったみたいだ
弱くなったみたいだ
鰯になったみたいだ


とうせんぼうの標識が
こっちを向いて笑った



今日は明日で昨日で今だ。
今日は明日で昨日で今だ。
posted by Hybrid at 11:44| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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